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対価  ―Mysterious shop―

祈津が迷い込んだ店は…… (侑子さんと四月一日ゲスト出演)




 違和感を持って、祈津は足を止めた。意識をせずとも、人の顔や町並みなどを映像として記憶しているのは、仕事柄身に付いた習い性のようなものだ。
 ビルの谷間に当たる此の場所は、確か空き地だったと訝しく思う。黒塀にぽっかりと開いている門内に目を向けると、広いスペースを取った前庭では、割烹着姿の少年が掃除をしていた。彼は竹箒を手にブツブツと何か言ったり、百面相を繰り広げたりしている。
 祈津はその奇妙な光景に捕らわれ、不意に顔を上げた割烹着の少年とうっかり目を合せてしまった。面倒事は回避したいが、相手は此方以上に驚いているようだ。
「…ぅ、わあぁっ! い、いらっしゃいませ」
 元々は色白であろう少年が、頬を真っ赤に染めて大仰に頭を下げる。「いらっしゃいませ」と言うからには、ここは何かの店なのだろう。祈津は一歩下がって門柱を見たが、そこに看板らしきものは掛けられていない。
「どうぞ、今ならまだ侑子さんも酒飲んでないし」
「いや私は…… こちらは何の店ですか?」
「何のって、えっと、なんでも屋っつーか、願いの叶う店みたいな…… 」
 話は胡散臭いけれども、この少年に虚言癖があるようにも見えない。
「でもここへ来たって事は、お客さんなんですよね。これはきっと必然です」
「必然?」
「ええ、侑子さんがよくそう言ってます。ウチヘ来るお客さんは、来るべくして来るんだって。 さあ、どうぞ」
 少年は先に立って庭を突っ切ると、奇妙な建築様式の建物の扉を開けてくれた。

「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
 玄関先で出迎えてくれたのは、十歳前後の二人の少女だ。
「ヌシさまにお客さま」
「お客さま」
 服も髪形も違うのに、まるで写し絵のようにそっくりな二人が、祈津を館の奥へと導いた。





      -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-





 四月一日は、男性客は珍しいと思いながら台所へ向かった。ここでバイトを始めて随分になるけど、来るのは女性の客の方が圧倒的に多い。振り返って見ると、彼はマルとモロに手を取られて客間に入って行くところだ。
 見たところ銀行の渉外担当みたいな風貌だけど、それにしては眼鏡の奥の眼差しが鋭い。ぴんと伸びた背筋は百目鬼に似て、何か武道の嗜みがあるようにも感じられる。ここへ来たからには何か望みがあるに違いないけれど、個人的な欲に駆られるようなタイプには思えなかった。
 ぼんやりとそんな事を考えながら石鹸で手を洗い、お茶を淹れようとするとポットが空になっている。ついさっき一杯にしておいた筈なのにおかしいと思ったが、ここで文句を言っても意味がない。仕方なくヤカンに水を満たしていると、マルとモロがやって来た。
「マル、モロ、お湯を使うのは構わないけど、火傷しないように気を付けろよ」 優しく言うと、二人は首を横に振った。
「マルとモロはお湯を使わない」
「お湯を使わない」
「え? でも……」
 この家には不思議な事が幾らでもあるから気にしないようにしているけれど、客が来ているのにお茶のひとつもすぐに淹れられないのは不便だ。
「ま、お湯なんて沸かし直せばいっか。 向こうにお茶を出したら、俺達もおやつにしよう。 ほら、こんなに豆大福を作って来たんだ」
「おやつに豆大福!」
「豆大福!」

 四月一日がお茶と大福を盆に載せて客間に行くと、侑子さんは煙管片手にしどけなくソファに寝そべっていた。薄く開いた唇の間からは、細く長い煙が立ち上っている。
 そしてその口から煙の次に出て来たのは、「その対価は重いわよ」と言う冷えた声だ。
 それを聞いて四月一日は総毛立った。侑子さんが「重い」と言ったら、それは本当に重いのだ。
「あの人を守りたいのです」
「いいわ。 その願い叶えましょう」

 気拙い沈黙の後、四月一日が二人の前にお茶を置いた。男は一旦固辞したが、出された物に手を付けないのも失礼だと思ったらしく、小さく礼を言って湯飲みに手を伸ばした。
「あの、俺… お節介しちゃったかな……」
 目の前にいる生真面目そうなこの男が、侑子さんにどのような願いをしたのかは分からない。けれど早晩、彼は重い対価を支払う事になるのだろう。これは必然の訪問だったのかもしれないけれど、四月一日の気分は沈んだ。
「ありがとうございます」
 低く穏やかな声に顔を上げると、男が四月一日を見ていた。
「こちらの店に案内して頂いた事を、感謝します」
 男は丁重に頭を下げて立ち上がると、静かに出て行った。

「あの人……」
「馬鹿な男。 四月一日は気にしなくていいのよ。彼は必要があって此処へ来たんですもの」
「でも、重い対価って」
「願いと対価は過不足なく。 ……大丈夫、命までは貰わない。 そんな契約はこっちがご免被るわ」
 侑子さんの視線は男が出て行った方に向けられていたが、其処にある襖を映している訳ではなさそうだった。
「そうですか。 良かった…」
「アンタが心配する必要はないって言ってるでしょう。 そんな事より四月一日! 豆大福なのに、なんでお茶なの?!」
「えっ… フツー、大福にはお茶っすよ。 他に何があるんですか?!」
「酒よ、酒! 大福には日本酒って決まってるでしょう!!」
「ありえねぇっ!  それ、絶対にヘンですって」
「ヘンなのは四月一日の顔よ! 動きよ! 全てよ!!」
「ヘンなのは四月一日の顔」
「四月一日の全て」
 いつの間にか来たマルとモロが、部屋の中で歌い踊っている。
「昼間っから、もぅ! 二日酔いで苦しんでも知りませんからねっ!!!」
 捨て台詞を吐き、四月一日は廊下に出た。
 長く伸びる廊下の反対を見遣ると、玄関の扉はひっそりと閉ざされている。

 また、あの男に逢えるだろうか?





2006.8.1

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