祈津は点けたばかりの煙草を揉み消した。
それは端から欲しくて手を伸ばしたものではなかったので、どうでもよかったと言える。
ただ単に落ち付かなかった、それだけのことだ。
いま目の前のモニタには、智秋が映し出されている。
セキュリティの関係上、このマンションの最上部二階分は、奈宮智秋と祈津昌也の部屋しかない。
智秋の部屋には幾つもの監視カメラが設置され、それと同じ数のモニタが祈津の部屋にはあった。
祈津の仕事は智秋の護衛 ―SPと言った方が通りがいいかもしれない―
常に智秋と行動を共にして、対外的要因から彼を守る事と、危険を排除するのが祈津の仕事だ。
元々は警視庁の警護課にいたのだが、智秋の父に腕を買われ辞めた。
今は智秋の専属SPをしている。
智秋は祈津と初めて会った14、5の頃から神経質で傷付き易く、とても聡い子供だった。
成長した今も変わらずに、見た目の柔らかな容姿や物腰に反して、扱い難い事この上ない。
そのせいで、今まで彼に張り付いていられたのは祈津ともうひとり、元同僚の麻生史朗くらいなものだった。
だが麻生は様々な事情があって、今はこの仕事を離れている。そのせいで祈津の交代要員はいなくなってしまった。
だから24時間365日、祈津は智秋についている。
「こっちへ来い。 見てるんだろう」
スピーカーから声がして祈津が目を上げると、その先で見せ付けるように智秋が自慰を続けていた。
祈津は仕方なく立ち上がった。
部屋に行くと智秋は、棚の奥に隠された監視カメラの方を向き、まだ足を広げていた。
「早いな。 俺を見ながら、そっちでも一人でやってんのかと思ったのに」
どんなに悪態をついても下司に落ちないのは育ちのせいなのか、あるいは持って生まれたものなのか。
どこか緊張した風なのが、かえって痛々しい。
「なにか言え。 いつも醒めた顔をして、本当につまらない男だな」
「何をなさるのも自由ですが……」
久し振りに発した声が不覚にも掠れた。
「しゃぶらせろ」
「……智秋さん」
「お前のを咥えながらしたいんだよ」
馬鹿みたいに突っ立って、智秋の好きにさせてやるのが何度目になるのか、祈津は考えないようにしている。
智秋がこれをする時はいつも、赤ん坊が母親の乳房に吸い付くような切実さを持っていたからだ。
その顔を見下ろすと、祈津は随分と切ない気持ちになった。
だからこの行為はあまり好きではない。
「 ……ぅ、」
意に反して追い上げられ、強く吸われて達してしまった。
祈津が下に目を遣ると、目の縁を赤くした智秋と視線が絡んだ。
「まずっ、 これ、どうにかならないものかな?」
口中に広がる独特な雄の匂いは、祈津にも覚えのあるものだ。
「すみません……」無意識に意味のない謝罪を口にした自分に笑う。
すると、智秋も声を上げて笑い「ばか」と言った。
ベタベタする手で祈津の腕を掴み、智秋が立ち上がる。
「な、気持ち良かった? 抱けよ。 こんなんじゃ、お前も足りないだろう?」
そう言う智秋から顔を背ける。
「欲しいと言ってるんだ」
視線の先に智秋が回り込んでしつこく絡む。
「俺に同情してるんだろう?」
「いいえ」
祈津が智秋に抱いているのは、同情とは明らかに違うもの。
だがそれは恋愛感情とも違う。
「いいから抱けよ。 俺が嫌なら別の奴だと思えばいい。 それで構わない」
あの男のことなら、もう―― 終わっている。
智秋の口の周りを拭ってやる。
「酷くしていい」
「できません」
「して欲しいんだ」
そう言って縋り付いて来る子供みたいな智秋を、どう諌めればいいのか分らない。
「……智秋さん」
「俺に優しくするな」
祈津が抱き寄せようとすると、智秋は突っ撥ねた。
「優しい男なんていらない」
「智秋さん」
震える髪に手をやって上を向かせると、噛み付くような目をしていた。
「セックスしたいだけだ。 何かが欲しい訳じゃない」
愛し合えればどんなに楽だろうと、祈津は考えるようになった。
そうすれば、互いに暖かくなれるのかもしれない。
智秋を仕合せにしてやれればいいのにと、思う事さえあるのだ。
2005.12.21
(2008.11.4 改稿)