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春鴬囀 弐

春鴬囀 -弐- (しゅんのうでん-2)




目の前に座っている青年が、昴流に優しく微笑み掛けている。

現桜塚護、桜塚星史郎。
姉、北都の婚約者― もとい、見合い相手である。


彼は簡単な挨拶の後、ずっと昴流を見つめて微笑んでいた。
昴流は彼の笑顔に、どう応えたら良いのか分からなくて下を向いているしかない。

「わざわざ起こし頂いておきながら、誠に申し訳ございません」
祖母が改めてこちらの非礼を詫びる為に口を開いた。
それに倣って、昴流も頭を下げようとした時
「なりませんよ」と、目の前の青年が昴流に向って言った。
「皇のご当主が、人前で簡単に手を付かれてはなりません」
ハッとして昴流が顔を上げると、祖母も驚いたように体を起した。
「ご無礼があったのは当家にて。 お気使いはご無用にございます」
今度は祖母だけが頭を下げて、昴流は一層居心地悪くもじもじするばかりだ。

「ねぇ、星史郎。 この子で良いじゃない。 だって写真と変わらないわ」
前桜塚護で、星史郎の母でもある雪華が、見合い写真を見ながら昴流を指差した。
「かあさん、失礼ですよ」
息子に窘められて、雪華は不満そうに首を振る。
「折角の皇さんとの御縁なのよ。 それに、こんなに可愛らしいのだもの。
 男だって、私は全く構わなくってよ」
「少し、黙っていて頂けませんか」
「何よ、誰に産んでもらったと思っているのかしら。 ねぇ?」
彼女は、華のような笑みを昴流の母に向けた。
「いえいえ、ご立派な息子さんで羨ましいですわ。
 うちのはコレでこざいましょう? どうにも頼りなくって」

自分が頼りないのは自覚しているけれど、ついさっきまで本気で僕に振袖を着せようとしていた人から、
 ― 例えそれが母だったとしても ―   コレなんて呼ばれたくない。
しかし何であれ、母親同志が話し始めてくれたお陰で、昴流はホッと溜息をついた。


庭の方から鶯の声が聞こえる。
そうだ、毎年僕達の誕生日の頃には、紅白対の梅の木に鶯が来ていた。
今日、北都ちゃんが僕以外の人と誕生日を祝うのだと思うと、とても淋しい気がする。

少しの間ぼんやりとしてしまった昴流が、視線を感じて目を上げると
そこにあったのは北都の眩しいような笑顔ではなく、端正な青年の顔だった。
「失礼とは存じますが、ご当主と二人でお話させて頂けませんか」 
その声は柔らかいけれど、否とは言わせない力を秘めている。

― やっぱり、怒っているんだろうか?
  いや、怒って当然だろう。
  だって、お見合いをすっぽかされたんだもの…

昴流は助けを求めるように、祖母に目を向けた。
だが返って来たのは、
「昴流さん、桜塚護様にお庭をご案内して差し上げなさい」 というものだった。





「立派なお庭ですね」
池を挟んだ対岸を見遣り、桜塚星史郎が口を開いた。
「あ、あの… 本日は誠に申し訳ございません」
周りに人影は無く、昴流は謝るなら今しかないと思い、闇雲に頭を下げた。
「ですから、この国の陰陽師を束ねる立場の貴方が、そのような…」
「今は他に誰もいないし、それに」

桜塚家と言えば、表立った仕事をしない為に規模は小さい。
が、しかし格式は高く、皇と並ぶ家柄だ。
事が事だけに、桜塚護に恥をかかせて許される訳がない。

「これは僕の気持ちです。あの、本当にごめんなさい。 姉は…」
「北都さんでしたら、恋人の元に向われたのでしょう?」
「えっ?! ……桜塚、さま。 今、なんと?」
何かの聞き間違えかと顔を上げると、そこにあったのは優しげな笑顔だった。

「その桜塚様って、やめて頂けませんか? 星史郎と呼んで下さい。
 僕も、昴流くんと呼ばせて頂きますから」
「せいしろう、さん? …え、あの、でも」
「本当に、よく似ていらっしゃいますね」

誰が誰に似ているって?
  ― 僕と、北都ちゃん? 北都ちゃんが、恋人の元へ……… 北都ちゃ… 

「北都ちゃん? …えっ!? いつ、北都ちゃんと?」
「今朝、ホテルにお見えになったんですよ。
 既に、想いを交わされた方がおいでになると伺いましたが、それが何か?」

それが何か、って… 

「桜塚様、あのっ」
「星史郎です」
「あ、星史郎さん。それ…」
「貴方の事を、宜しく頼むと仰ってましたよ。昴流くん」

北都ちゃん、何を考えているの?

「ですから昴流くんさえ宜しければ…」
星史郎の大きな手が昴流を捕らえた。
そのままグッと顔が近付いて来て、思わず目を瞑る。
「この見合い、貴方と僕とという事で進めさせて頂きたいと思いますが、如何でしょう?」
「え…僕と?」
「そうです。 昴流くんと、僕です」

  …?…  昴流くん=僕   僕=星史郎さん  ………

言葉の意味が分らずに昴流が目を開けると、間近に星史郎の顔が迫っていた。

  僕と星史郎さんで、このお見合いを進める、  …の?

互いの鼻がぶつからないよう、星史郎が顔を少し傾けた。

  え? ええええええええーっ?!

驚きのあまり、昴流には何が起っているのか理解できなかった。

そして次の瞬間 ―

       ― 意識が飛んだ。







                                        <つづく>

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