昴流が意識を取り戻した時には、なんだか良く分からないけれども
とにかく全てが片付いてしまっていた。
桜塚星史郎は仕事があったようで早々に帰り、その母である元桜塚護、雪華は
昴流の母と一緒に歌舞伎を観る為、京の街に出たらしい。
祖母はと言えば、今一度、北都捜索の指示を彼方此方に出すのに忙しいようだった。
「心配を掛けてしまって、本当にごめんなさい」
昴流は渡された柚子の香の葛湯を呑みながら、側に座る女御に話し掛けた。
「いいえ、私共は何も… 」
「僕、急にどうしたんだろう… 大騒ぎになっちゃったでしょう?」
「ええ、それはもう大変でございました」
思い出すように片手を頬に当て、女御も首を傾げて昴流を見た。
彼女は、身の回りを世話をしてくれる者の中では一番年も近く、
昴流が気負わずに話の出来る相手だった。
彼女の方もそれが分っていて、二人きりで話している時には、気安く接してくれている。
「確かに今朝は、慌しくはございましたが… ご不調は在らせられませんでしたでしょう?」
「うん、別に。 …あの、桜塚護様は、怒っていらっしゃらなかった?」
「そのご心配は無用と存じます。 寒い中、庭の案内などをさせた自分がいけなかったと、
桜塚護様は大層恐縮なさっておいででした」
「大切な日に、粗々ばかりしてしまって… 僕、どうしよう」
昴流がポツリと呟くと、彼女はぶんぶんと首を振ってそれを否定した。
「そんな事はございません。 桜塚護様は、大変お気に入りの由にございますよ。
お優しそうな方ですし、お背も高くてハンサムで… 宜しかったですね、昴流様」
「…?…」
「皆様、お喜びでございます」
何が宜しいのか、どうしてみんな喜んでいるのか、その時の昴流には全く分っていなかった。
その翌朝、昴流は全ての用事を片付けて皇の家を飛び出した。
北都ちゃんが東京に帰っているらしいと云う報告があったのと、これ以上学校を休んだら
本当に留年する事になりそうで、学校を休む訳にもいかない事情があった。
気ばかりが急き、今にも走り出したい気分で新幹線を待っていると、
父がホームの端から走って来るのが目に入った。
「パパ?!」
「…よかった、間に合いましたね」
傍らまで来ると、父は膝に手をつき、ふうっとひとつ大きく息を吐いた。
「どうしたの、パパ。 会社は?」
「昴流くんのお顔を見たくて、おばあさまに電話をして、新幹線の時間を伺ったんです。
昨日は昴流くんとあまりお話が出来なかったものですから…
ああ、それと、お誕生日おめでとうございます。 もう16歳なんですね」
「えっ、それでわざわざ来てくれたの? 今パパは、決算前で忙しいってママが…」
「だって、大切な事じゃないですか。 昴流くんは、いいんですか? あのお見合い。
僕は皇の家の事も、おばあさまや昴流くんのお仕事の事も、全く分らないですけれども…
これでも一応、昴流くんのパパですからね。 君が困ったり悩んだりしているんじゃないかと心配で、
居ても立ってもいられなかったんです」
そう言う父は本当に心配そうな顔をしていて、それが昴流には、なんだかとても嬉しかった。
「大丈夫だよ、おばあちゃんもついているし…」
新幹線がホームに滑り込んで来た。
「でも、桜塚さんは…… 」
続いて起こる風に、二人の声が掻き消される。
父とは、ゆっくり話しをする機会があまりない。
今回の帰郷だって予定は分刻みの上、昴流が倒れたので後が大変だったのだ。
折角会いに来てくれたのに…
後ろ髪を引かれながら新幹線に乗り込むと、父が可愛らしい紙袋を昴流に手渡した。
「誕生日プレゼントです。 それと、お弁当を作って来ましたから、後で食べて下さいね」
「パパ… ありがとう。 電話するね。 北都ちゃんも絶対に見付けるから安心して」
「ええ、良い知らせを待っています」
暫しの沈黙の後、ドアが閉まり始めたその時―
「それにしても、息子の結婚相手が男性だなんて、未だに信じられ…」
耳を疑うその内容― 息子の…? 結婚…?
「…えっ!? ええええええーっ!? パパ… 今、なんてっ?!」
昴流の叫び声が父に届いたかは不明だが、とにかく舞台は東京へと移る。
<つづく>