星史郎が風呂から上がって部屋に戻ると
部屋の灯りもつけずに、昴流が広縁に出て桜を見ていた。
先ほど髪を乾かしてやったばかりなのに、こんなふうに障子を開け放って
夜風に当たっていては、折角暖まった体も冷えてしまう。
「昴流君、駄目ですよ。また風邪をひいてしまいます」
隣に座って肩を抱くと、案の定、その体は冷え切っていた。
「桜がとても綺麗だったものですから、つい…」
そう言って月下に居る昴流の方が、星史郎の目には余ほど艶やかだ。
「さあ、部屋に入りましょう」
しかし昴流は黙ったまま動こうとしない。
「昴流君…?」
「あ、あの… こうして星史郎さんの傍にいるのが不思議だな、って…
なんだか昔に戻ったみたいですね」
星史郎は昴流をより強く抱き寄せると、耳元で囁いた。
「以前の昴流君でしたら、こんなに大人しく
僕の腕に抱かれては下さいませんでしたけど?」
昴流の頬の赤みが少しだけ増す。
「そう… ですね。 あの頃は、自分の気持ちが解っていなかったから」
「今は解るんですか?」
昴流が真っ直ぐに星史郎を見上げた。
「ええ、もう星史郎さんの傍を離れません」
「僕が人殺しでも?」
「はい」
星史郎は、昴流の躊躇いの無い物言いに驚いた。
「一緒にいると、昴流君まで地獄に堕ちますよ」
意地悪く言うと、昴流はひっそりと笑った。
「僕たち二人、到に堕ちています。 …違いますか?」
その問いには答えず、代わりに唇を重ねる。
「星史郎…さん」
身を引こうとする肩を掴み、もう一度口付ける。
今度は深く、長く。
昴流は簡単に抗うのを止めてしまった。
もっと早くこうしてしまえば良かったのかも知れない。
攫うようにして金沢に連れて来てから、既に一ヶ月近くが経っていた。
布団の上でじっと目を瞑っている昴流の、羽二重の寝巻きの衿を寛げる。
白い肌には不思議な透明感があり、彼を包んでいる白絹よりも眩しいくらいだ。
その首筋に口付けてから胸紐に手を掛けると、幽かな声に押し留められた。
「星史郎さん、あの… 閉めて下さい。 …花が見てる」
昴流の視線の先には満開の桜。
― 随分と可愛らしい事を言う。
そう思い、星史郎は障子を閉める為に立ち上がった。
庭に目をやると、桜の奥で椿の花が月光を照り返しているのが見えた。
「…そう、閉めておきましょうね」
内腿を撫で上げられると、昴流はぎゅっと唇を噛んで顎を引いた。
「昴流君、もっと楽にしていて下さい」
額や頬に口付けて、少しずつ昴流の緊張を解いていく。
その間も下に伸ばした手は緩やかに動き、昴流を追い上げていく。
「そう… 恐くないから、ね?」
「…んっ、 …僕、どうしたら…」
熱い息の合間をぬって、今にも泣き出しそうな声がする。
「昴流君は何もしなくていいです。 僕の声を聞いて、僕の事だけを考えて、
…僕を感じていて下さい」
耳元で囁くと、昴流はそっと目を閉じた。
手の中で昂ぶったそれは蜜を孕み、甘い吐息が星史郎の耳をくすぐる。
今すぐ彼が欲しい。
そう思った時、昴流が仰け反るようにして震え、
星史郎の手が熱く濡れた。
「やっ…! …ごめん、なさ…」
「なぜ謝るの?」
「だっ、て…」
困惑した綺麗な顔。
星史郎は濡れた手を、そのまま後ろに這わせて行く。
秘花の蕾はまだ堅い。
「…っ! いやっ… 星史郎、さ…」
逃げようとする体を片腕で抱き止め、もう一方の手でゆっくりと解していく。
暫くの後、少し無理をして指を入れた。
「やめ…っ …いやぁ、」
「大人しくして」
中でゆっくりと指を動かすと、小さな悲鳴が上がる。
「せいしろ、さん… お願い… やめ、て」
涙を滲ませ懇願されても、ここで止める訳にはいかない。
「まさか肌を合わせる事が、罪だなんて思っていないでしょう。
それとも僕だから?」
「……ちがっ… んっ…!」
指を増やし、更に攻めたてる。
昴流はもう声もなく、まるで許しを請うように
ゆるゆると首を振るだけだ。
星史郎は昴流の身体が開いたところで指を抜いた。
執拗な指の動きから開放され、一瞬、昴流の身体が弛緩する。
星史郎はそれを見定めると、無防備なその身体に自分自身を進めた。
今度こそ本物の悲鳴が上がる。
昴流の涙が、一筋耳の方に伝って行くのが見えた。
星史郎は昴流の身体を拭いた後、寝巻きを着せてやり
泣きはらした目許に口付けた。
さっきから昴流は、大人しく星史郎にされるままになっている。
初めての昴流に、最後まで求めたのは些か可哀相だったかもしれない。
直後の自失した顔を思い出すと、星史郎の胸が痛んだ。
「昴流君、大丈夫ですか?」
問うと、昴流は小さく頷いた。
星史郎の腕の中で、慎ましく顔を伏せている姿は
未だ和毛に包まれた小鳥のようだ。
ふと、先程の会話が甦る。
―昴流君まで地獄に堕ちますよ
―僕たち二人、到に堕ちています…
心も身体もこんなに幼いのに、口では大人びた事を言う。
昴流をこうして抱きしめたまま、二人で何処までも堕ちて行くのは
星史郎にとっても甘美な夢そのものだ。
これ以上、何を望む事があるだろう?