星史郎さんの誕生日
もうすぐ星史郎さんの誕生日だ。昴流はひとつ、溜息を付いた。
昨年は誕生日なんて知らなかったし、偶然にも花を買って渡す事が出来たけれど、
今年は、そんな簡単に済ませる訳には行かない。
だって11月22日が誕生日だと、予め知っているのだから。
星史郎さんは、欲しい物は自分で手に入れる人だ。
下世話な言い方になってしまうけれど、欲しい物を得るだけの、
力も財力も持ち合わせている人なのだ。
では、お金で買えない物?
手作りなんて恥ずかしいし、何にしたって、もとより不器用な僕に何か作れる訳がない。
それならぱ、やはり何かを買う事になる。
何が良いか、いっそ本人に聞くべきか?いや、それでは余りにつまらない。
………
「…ちょっと良いですか?」
ソファで新聞を読む星史郎さんの前に立つ。
「はい、なんでしょう?」
ガサガサと音を立てて新聞が畳まれる。
「あの…」
「はい」
「…えっと」
頬が熱くなる。 きっと、真っ赤な顔をしているに違いない。
「どうしました?」
これではまるで、職員室に呼び出された小学生みたいだ。
「昴流君?」
星史郎さんがちょっと困ったような顔をして笑っている。
困っているのは僕なんだけど…
「お座りにならないのですか?」
「…失礼します」
僕が隣に座ると、改めて「なんですか?」と聞かれた。
「来週は、お忙しいでしょうか?」
「おや、昴流君からデートのお誘い?」
「デー…… 」
「失礼。 そうですね、来週と言われましても…」
「21日前後の2~3日です」
「大丈夫ですよ。 来月になると、年内はちょっと分りませんけれど」
「12月はいけませんか?」
「師走ですからね。先生でなくても忙しい。 …で、何か?」
「はぁ… 」
「誕生日に、何かして下さるんですか?」
「!」
「昴流君、かわいい」
「……やっぱり、分ります、よね」
「お顔に書いてあります」
「………あの、」
「はい」
「ではお誕生日の前後、僕に星史郎さんのお時間を下さい」
「はい、喜んで。 今から楽しみですねぇ」
11月21日の朝、二人並んで新幹線ホームに立っている。
「昴流君?」
「はい」
「失礼を承知で言わせて頂きますが、もしかしたらホームが違うのでは?」
僕は慌てて、手にしたチケットに目を落とした。
「えっと… ぁ、ああっ! はい、そうです!! 僕達が乗るのはあっち… かな…?」
首を傾げている僕の手を、星史郎さんが捕らえる。
「急ぎましょう。あちらの新幹線は、もうホームに入ってますよ」
言うが早いか、星史郎さんのもう一方の手がボストンバックを掴んで走り出した。
階段を駆け下り、息をつく間もなく、隣のホームへの階段を飛ぶような速さで駆け上がる。
新幹線は乗り込むと同時にドアが閉まって走り出した。
「間に合いましたね…」
ふぅ、と大きく息を吐いて星史郎さんが笑っている。
「はぁ… あの、どうして行き先が判ったんですか?」
「昴流君、それはね… 君の持っているチケットを見れば、ね?」
「あ…」
着いたのは紅葉も盛りの温泉。
今は二人並んで露天風呂に浸かっている。
「気持ちいいですね」と、湯の中で手足を伸ばすと、星史郎さんがちょっと笑った。
「昴流君にしては、大胆な誕生日プレゼントですね」
「大胆、ですか?」
首を傾げると、急に抱き寄せられた。
「だって、こう云う事でしょう?」
「ぇ… えええっ!?」
「昴流君を下さったのではないんですか?」
「ち、ちがっ… 」
温泉旅行をプレゼントしたつもりだったんだけど…
僕と星史郎さん、どっちが間違っていたんだろう?
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