何か物音がしたように感じ、祈津はシャワーを止めた。耳を澄ますと間違いなく誰か ―それは即ち智秋を意味するのだけれど― が部屋にいる。
智秋に呼びつけられるのはいつもの事だが、彼が自から祈津の部屋に来るのは稀だ。余程の急用があるに違いないと思い、祈津はバスローブを羽織ると頭を拭くのもそこそこに顔を出した。するとそこには、目を疑うような‘在り得ないモノ’が立っているではないか。
『見なかった事にしたい!』
強くそう願いながらドアを閉めようとすると、白い手がするりと伸びて来て祈津の手を掴む。
「遊びに来てやったぞ」
声は間違いなく智秋のものだ。 しかし、その姿は――
今日、いや既に夜中の12時を廻ったところなのだから、正確には昨日と云う事になるか? 智秋はいつものようにいつもの店で、夏休み中の旭ひなたさんと午後のお茶を楽しんだ。そして別れ際に彼女から紙袋を受け取り、後は駅の近くにあるみどり薬局に寄って帰って来ている。彼がその時に何を受け取り、何を買ったのかは判らない。
祈津は智秋の傍を片時も離れず生活しているけれど、それと彼のプライバシーに立ち入るのは違うと考えている。しかし、放っておくと何を仕出かすか分からないのが智秋だ。
これが、放っておいた代償なのか?
「どうした、出てこいよ」
智秋は祈津をバスルームから引き摺り出し、ご丁寧にも湯気で曇った眼鏡を拭いてくれた。
「どうだ、かわいいだろう?」
彼は私立桜都女子高等学校の制服を着て微笑み、
「肩幅きついし、丈も随分短いけどな。 似合っていると思わないか?」
ピンク色のリップグロスで濡れた唇は、合成香料のピーチの甘い香りを漂わせ…
「おい、何か言えよ。 おまえの為に、わざわざひなちゃんから借りたんだ」
スカートの裾を細い指先で抓み……
「それにホラこの髪飾りだって、リップと一緒に買ったんだぞ」
桜貝のような爪が示した髪には、とぼけた顔のクマさんのピンがちょこんと付いて………
「おまえ、こーゆーの好きじゃないの?」
「………ともあき、さん」
「なんだ? かわいいか?」
似合い過ぎるその姿に眩暈がする。
「誤解があるように、思うのです、が……」
「誤解? だって、おまえは女も好きじゃないか。 男だけじゃなくて、女も!」
そんなに強調して言わなくても良かろうと思う間もなく、バスローブの前を割って智秋の手が内腿を撫で上げて来る。
「や、め……」
「体は正直だな。 ほら、もう硬くなり始めてる」
「智秋、さん」
「ヘ、ン、タ、イ」
言葉の意味するところとは裏腹に、甘く囁きながら迫って来る智秋に壁際まで追い詰められた。
「ちょっ…… 待って下さい」
「変態、変態、変態。 もう麻生の事をロリコンだなんて笑えないな」
「わ、私は麻生がロリコンだなどと言った覚えは…」
「そう思ってたくせに。 俺は心が広いから、おまえが男も女も見境なしの色魔だって許してやる」
「………」
智秋と一緒に生活するようになってから、祈津は他の誰とも寝ていない。言われるようにバイセクシュアルなのは認めるが、以前の恋人達とも己なりの倫理の基に誠意を持って付き合っていたし、人に責められるほど反社会的な行為だったとは思わない。それなのに……
―酷い、あんまりだ
「あぁー もうそんな顔をするな。俺が悪かった。 誕生日だからちょっと驚かせようと思っだけだよ」
「……誕生日?」
「誕生日、8月1日だろ? もう、日付け変わったぞ」
「はぁ、」
「忘れてたのか?」
祈津は自分の誕生日を忘れていた訳ではなかったが、智秋が覚えているとも思っていなかったのだ。
「いえ、あの…」
「よしっ、じゃあ続きだ」
智秋はその場に跪き、にっこりと笑っている。
「ホント、おまえって正直だよな」
グロスで滑る唇が祈津を咥えた。
2006.07.25