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My privilege

僕の特権




 智秋は寝起きが悪い。単純に低血圧だというのも理由の一つだが、心理的な要因も大きくそれに作用する。特に気が重い予定のある日の朝、彼は途轍もなく機嫌が悪くなるのだった。

 だから経験上、祈津には今日が要注意日であると分っていた。

 機嫌の悪い智秋に近寄れる人間は、何年も前からひとりを除いていない。そして朝から晩まで、彼がご機嫌でいることなど滅多にないのだ。だから彼の世話が出来る人間は、くどいようだがひとりを除いていなかった。放ったらかしと言うと聞こえは悪いが、本人は自由気侭な生活を善しとしているので、それは大した問題ではない。むしろ最近では、好都合とさえ考えているようだ。
 さて、その貴重な‘ひとり’である祈津は、智秋のSPとして奈宮家と専属契約を結んでいる。が、実質的には秘書も兼ね、また運転手でもあり、尚且つライナスの毛布的役割までをも担っている。しかしそれらは、始めから解った上で契約を交わしていた。だから祈津は奈宮家の秘書の北川に、この件で文句を言った事は一度もない。北川もまた全てを判った上で、この仕事を祈津に押し付けているフシがある。その証拠に、祈津には破格の年俸が支払われていた。


 その日の朝も、祈津は少し早めに起きて朝食を摂り、身支度を整えて智秋が起き出すのを待っていた。スピーカーから智秋の部屋のアラーム音がした所で立ち上がり、キッチンに用意しておいたコーヒーメイカーのスイッチを入れる。開け放したドア越しにモニタを振り返ると、智秋が映っていた。
 智秋の部屋にはバスルームを除いた全てに隠しカメラがあり、どれもが祈津の部屋のモニタに接続されている。しかしそれらは防犯上の理由から設置されているのであって、智秋のプライベートを覗き見る為の物ではない。勿論、ベッドルームのカメラもそれに配慮して、彼の寝姿までは映らない角度にしてあった。しかし毎朝、智秋はわざわざそれに映り込む位置に起き上がって、カメラに目を向けるのだ。
 始めの頃は祈津もその意味を考えたりもしたのだが、最近は特に思い悩むのはやめて、智秋のご機嫌伺いに使っている。
 安の定、今朝の智秋は不機嫌極まりない顔をしてカメラを睨んでいた。

   今日は智秋の誕生日だ



 智秋の部屋を訪れるのは、早過ぎても遅過ぎてもいけない。彼が食事を始めた頃を見計らい、祈津はドリップの終ったサーバーと新聞を持って、階下に住む智秋の部屋へ続く内階段を降りた。
「おはようございます」
 いつもと変わらない挨拶をダイニングの入口でする。智秋からの返事はなかったが、特に気にするでもなく、こちらのキッチンからカップを二つ取って来てコーヒーを注いだ。
 初めて祈津がコーヒーを淹れて来た日、智秋は「おまえは家政婦じゃないんだから、余計な事をするな」と怒ったのだが、「使用人としてではなく、私の個人的な好意です」と言うと、彼は黙ってその好意を受け取った。その日から、朝のコーヒー一杯を共に飲むのが習慣になっている。

 智秋はパジャマ姿のままで、シリアルに牛乳を掛けたものを大して美味しくもなさそうに食べていた。
 彼は家事全般が不得手だ。祈津は同じマンションの上階に住んでいるが、頼まれない限り家事を手伝ってやる事はない。うっかり手を出すと、彼の逆鱗に触れるのは目に見えていたからだ。そしてその必要が無いよう、彼が子供の頃から屋敷にいた家政婦が、掃除や洗濯、そして料理を作りに週に二回ほど来ていた。もしそれがなかったら、彼の一人暮しは成り立たなかっただろうと思われる。

「本日のご予定ですが」そう切り出してみても、智秋は新聞に手を伸ばしただけで顔も上げない。
 祈津は確認の為に、今日のスケジュールを順に言おうとした。が、しかし「いい、わかってる」と、すぐに遮られてしまった。
「今日は先ず屋敷に帰って、お母様にご挨拶をして一緒に昼食。  それから…… あれだ。 千秋さん達と落ち合って、夜にはお父様も交えてディナー。 そうだな?」
「はい。その後お泊りになれるよう、ホテルを取ってあるそうです」
「どこ?」
 祈津は北川から聞いていた、最近なにかと話題の外資系ホテルの名を挙げた。すると智秋はスプーンを皿に投げ出し、テーブル上に牛乳が盛大に飛び散った。
「北川は馬鹿か? 相変らず気の利かない男だな。 都内だったら、もっと落ちついたホテルが幾らでもあるじゃないか! …替えさせろ」
「宜しいんですか?」
「おまえもおまえだ。 俺がそんなミーハーで狭っ苦しい処に泊るとでも思ったのか?」
 智秋は気に入らないようだが、北川が予約したこのホテルだって、値段だけを取って見れば超一流だ。祈津はそう思ったけれども、矛先が自分に向きそうになったのでその件には触れず、彼がひとつ忘れた案件を口にした。
「昼食の後、お父様からのプレゼントの受け取りもありましたね」
「あぁ、車ね…… 」全くもって気のない返事だ。
 以前から智秋は、父のお下がりである黒塗りのドイツ車を「こんなもの乗ってるのは見栄っ張りの年寄りか、いけ好かない政治家か、或いはソノ筋のどれかだ」と言って憚らず、北川がそれに根負けした形で、誕生日プレゼントは車にするよう、智秋が言うところの‘いけ好かない政治家’である父に進言した。
 安全の観点からすれば、智秋が嫌うドイツ車は大変優秀と言える。だが、二十歳そこそこの若者が喜んで乗る車でないのは確かだった。
 結局、智秋が祈津と一緒に試乗して決めたのは国産車だった。しかし彼好みの深いブリティッシュグリーンに車体を塗り直し、内装もそれに合わせて手を入れ、ガラスを全て防弾に替えさせた特別仕様車の値段自体は、件の黒塗りと大差なくなっていた。
「どうせ俺は免許なんて取らせて貰えないんだから、これは運転するお前の車みたいな物だよな」
「…智秋さん」
「あーっ、煩い! なんだって自分の誕生日に、ヘラヘラと愛想を振り撒いて廻らなきゃならないんだ?」
「ご家族が祝って下さると言うのですから、受け取るべきではないですか」
「それが面倒だと言ってるんだ」
 智秋の心情が分らない訳ではなかったが、家族間の愛情だの思いやりだのといったものは、所詮他人がどうにかしてやれる物ではない。
 祈津に出来るのは、例え何度突っ撥ねられようとも、自分なりの誠意を持って智秋と向き合い続ける事だけだ。

 智秋はもう話しをするのが嫌になったのか、朝食を途中で放棄して窓際に行ってしまった。ただ立ち上がる直前に、祈津が淹れたコーヒーを口にしたのが、無意識にしてもいじらしく見えた。
 すぐに後を追い、後からそっと抱いてやる。これは下手をすれば殴られかねない行為だったが、そんな事はどうでも良かった。祈津は寄る辺ないその背中を見て、抱いてやりたいと思ったまでだ。智秋がそれを疎ましく感じて手を上げるのなら、その時は殴られてやればいい。
 結論から言って、この時の祈津の取った行動は正しく作用した。智秋は大人しく、祈津の胸に背を預けている。柔らかい髪に鼻先を埋めると「朝っぱらからいやらしぞ」と声がしたが、拒絶するような素振りはなかった。試しに耳を食むと、智秋はくすぐったそうに身を捩る。前に廻した手でパジャマのボタンを外し、露になった肩先に吸い付けば、甘い吐息が漏れ聞こえさえする。
 しばらくの間そうして戯れあった後、智秋が小さな声で言った。
「俺が行かないと、おまえがしなくてもいい、言い訳をして廻る羽目になるな」

 智秋は子供のような我侭を平気で言うが、その殆どは‘金持ちの馬鹿息子’という役を、皆の期待に添って演じて見せているに過ぎない。彼は子供の頃から、立派な分別と忍耐力を備え持っていた。必ずしもそれが良い事でないのは、今の智秋を見れば顕かだが……
 祈津は一度だけ力強く抱きしめてから、彼を開放した。



 祈津が食器を片付け、智秋が着るスーツとネクタイを選んでやっている間に、彼は整髪を済ませて戻って来た。いつもは降ろしているフロントとサイドの髪を、ワックスを使って上げている。これだけでも別人のようだが、スーツを着て、普段使いの丸眼鏡をチタンフレームのカッチリした物に掛け替えると、瞬く間にもうひとりの奈宮智秋になってしまった。
 生家に帰れば、こちらが本来の智秋の姿なのだ。下北沢のマンションで一人暮しをしている、絵本作家の‘とも’の方が仮の姿と言う事になる。
 だが祈津には、いま目の前にいる智秋が酷く窮屈そうに見えた。

「なんだ。 言いたい事があるならはっきり言え」
 不服そうに抗議する智秋の頬が、照れたように染まっている。祈津はそれを見て、自分をおいて他に、彼の世話が出来る者がいないというのが、とても良い事のように思われた。
「いえ、大変結構です。  では、参りましょうか」
 むしろそれが、特権のようにさえ感じられるのだ。





2006.05.21

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