星史郎さんが僕にキスをして、パジャマを脱がせ始める。
舌が唇から耳、耳から首を通って肩先に移る…
大きな手が胸の尖りを弄ぶように動き、僕は声を漏らしてしまった。
星史郎さんが小さく笑う。 僕はそれが恥かしくて…
目が覚めた時、その違和感に顔が熱くなった。
今まで見ていた夢のせいで、自分自身が昂ぶっている。
― 星史郎さんがいなくて良かった
とにかく、これをどうにかしなければ…
そう思い、唇を噛む。
自分でするのは、とても嫌な気分になる。
その瞬間は弾けるように快感が身体を貫いても、それが大きい程、
後にその分の嫌悪感を誘うからだ。
秋になり、僕達は東京に戻っていた。
都心にある高層マンションのこの部屋に、星史郎さんが幾ら払ったのか
僕には想像もつかないけれど、男2人の暮しには贅沢に過ぎると思っている。
星史郎さんが出掛けてしまうと、広すぎて落ち付かない。
ついこの間までは、自ら人を避け、1人でいる事を旨としていたと云うのに
今は何か足りないような気がして淋しく感じてしまう。
最近、星史郎さんは2~3日の単位で留守にする事が多くなった。
桜塚護の仕事らしいけれど、それについては何も言わない。
いつも行き先も告げずに行ってしまうが、帰る日時だけは教えてくれるから、それでいい。
今回は、今日の昼までには戻ると言っていた。
だからあと数時間後には帰って来る筈だ。
カーテン越しの淡い光を感じながら、真綿に包まれたように少しの間まどろんだ。
「お寝坊さんですね」
耳元で囁かれた言葉に驚いて目が覚める。
「せっ… 星史郎、さん?」
「おはようございます。 とは言っても、もう10時を過ぎていますよ」
ほんの一瞬、目を瞑っただけなのに、なぜ星史郎さんが帰っているのだろう。
10時を過ぎているって… じゃあ僕は、あれからまた眠ってしまったのだろうか。
あれから、って……
自分の頬がじわじわと紅潮して来るのが分かる。
「どうしたんですか?」
星史郎さんの顔が近くまで来て、目を逸らす事が出来なくなってしまう。
「やっ、あの… いま起きますから、向うで待ってて下さい」
「なんか変ですよ」
戯れるように額を合わせ、次にはキスをしてくれたが、今はそれどころではない。
「昴流君?」
「星史郎さん、お願いだから向うに行ってて…」
何かを察したかのように、星史郎さんの手が毛布を剥いだ。
かろうじて、アッパーシーツだけは手放さずに済んだけれど
星史郎さんには、全てお見通しのようだ。
「昴流君、僕が居なくて淋しかった?」
その言葉は、笑いを含んでいるようにも聞こえ、僕は耳まで熱くなっている。
「…星史郎さん」
「なんて顔をしているんですか。どうって事ないでしょう」
それは、そうなのだろうけど… でも、恥かしい事に変わりは無いと思う。
星史郎さんは傍に腰掛けると、背後から僕の身体に腕を廻して来た。
「良いじゃないですか、昴流君は若いんですから。 僕も安心しました」
「な、何が?」
「だって昴流君は、お年の割りに淡白過ぎますよ」
星史郎さんの息が耳をくすぐる。
「…そんな」
「そうですよ。 昴流君は、自分からは僕を求めて来ないし、
かと言って、浮気をしている様子もありませんからね」
「う、浮気って… 僕がっ?」
振り返るとそのまま頤を取られる。
星史郎さんの舌が僕の唇を割り、歯列をなぞり
そしてゆっくりと奥に入って来て、絡まるように動き始める。
それだけで僕の身体からは、すっかり力が抜けてしまった。
「ですから、僕が欲しかったら言って下さい」
その頃には星史郎さんの手で、僕のパジャマのボタンはあらかた外されていた。
舌が唇から耳、耳から首を通って肩先へと降りて来る。
これでは、さっき見た夢と全く同じだ。
仰向けに倒されて、胸の尖りを片方は口で、もう片方は手で弄ばれる。
気持ちの良さに気が緩むと、不意に下が剥ぎ取られた。
星史郎さんは、まだシャツの一枚も脱いではいないのに
僕だけが、全てを晒すかたちになってしまう。
「星史郎さん、ずるい… 僕だけなんて」
「僕はいいんです」
「まって…」
下に伸ばされた手を退けようとすると、軽く押し返された。
優しく撫で上げられ、意に反して身体が震える。
いつの間にか、僕の息は喘ぎに変わってしまっていた。
星史郎さんが急に身体を離し、僕の脚の間に身を沈める。
そして僕の昂ぶった先を含むと、巧みに舌を使い始めた。
焦らすような刺激が波紋のように広がり、涙が溢れる。
痛みや感情に関係なく、肉体的な快感だけで涙が出るなんて
星史郎さんに抱かれるまでは知らなかった事だ。
淫らに泣いているのを見られたくなくて、僕は手で顔を覆った。
「お願いがあるんです。 自分でしているところを見せて下さい」
星史郎さんの言っている意味がすぐには解らない。
考えようとしていると、後ろに指が入って来た。
「や! ぁっ… んっ」
僕の中で星史郎さんの指が動いている。
その指で、僕はゆっくりと時間を掛けて溶かされていく。
「ね、君が自分でしているところが見たいんです。 お手伝いしますから」
右手を捕まれ、誘導されてやっと解った。
「やだ… 星史郎、さん、…いやっ」
口ではそう言っていても、抵抗する力はもう尽きている。
快感がせり上がって来て、僕の理性はすっかり奪われてしまっていた。
自分の意思とは裏腹に、促されるまま手が動く。
やがて絶頂が訪れ、僕の痺れた手足から力が抜けた。
「昴流君」
呼ばれて目を開けると、いつもの笑みがそこにあった。
どうにか自分の力で起き上がり、星史郎さんと向かい合う。
「酷い こんな… 」
「本当に可愛いですね、昴流君」
星史郎さんの言葉に、怒りともつかない、突き抜けるような衝撃を感じて
僕は気が付くと左手を振り上げていた。
そして次の瞬間には、パシッ と云う乾いた音が部屋に響いた。
星史郎さんの右頬が、瞬く間に赤くなって行く。
しかし彼は微笑を崩す事もなく
「よく出来ました」と言って、僕を抱き寄せた。
「…な、んで? 星史郎さん」
答えの代わりは、軽いキスがひとつ。
「なぜ、避けなかったんですか?」
「それだけの事を、僕はしましたからね。 君は怒っていい」
「でも…」
「昴流君は今、利き腕ではない方の手を上げたでしょう。
だから僕も打たれました。 それだけです」
僕は今、確かに左手を上げたけど
「あの、仰っている事が解りません。
僕はカッとなって、手が出ただけで… 利き腕とか、そんな」
「昴流君は何も考えていなかったのでしょう? だからいいんですよ」
だから星史郎さんは避けなかった…?
「そのままでいて」
星史郎さんはそう言うと、ようやく服を脱ぎ、有無を言わさず僕の中に入って来た。
「やっ、 やめ… っ!」
声をあげると星史郎さんの動きにも力が入った。
僕は吐く息に声を混じらせ続け、最後には、星史郎さんの動きに反応して声を上げているのか
僕の声に反応して星史郎さんが動いているのか、分からなくなってしまった。
星史郎さんは頂に達して深い息を吐くと、僕を引き寄せるように抱き締めた。
「朝から君を、怒らせてしまいましたね」
そう言う星史郎さんをボンヤリと見上げていると、やはり納得がいかないような気がして来る。
ふらつく体で立ち上がろうとすると、星史郎さんは優しく手を貸してくれた。
この人はいつもそうだ。
意地が悪いのに、とても優しい。
そうしてバスルームまで一緒に行って、先にシャワーを浴びている星史郎さんを
バスタブの縁に腰掛けて見ていたら、またモヤモヤした気持ちが募って来た。
「やっぱり… 星史郎さんは、ずるい」
声に出すと、少しだけれどスッキリする。
「何か言いました? …さあ、昼食は僕が作りますよ。 お腹が空いたでしょう?」
そう言われてみれば、もう昼だ。
のろのろとひとりでシャワーを浴び、バスローブを羽織ってダイニングを覗く。
キッチンから良い匂いが漂って来ている。
これで丸め込まれてしまうのだから、僕は単純だ。
それがとても悔しい。
結局、僕がちょっと怒ったくらいでは何も変わらないのだ。
星史郎さんは全て、自分のやりたいようにするし、
僕は彼の思うまま…
― やっぱり、星史郎さんはずるい