なんだか寝た気がしない。
智秋はのろのろと起き上がって部屋を見渡した。
カーテンの裾から眩しい光りが洩れている。
灯ったままのナイトランプを消すついでに、時計を手に取る。
それは丁度八時を指していた。
祈津は到に起きている時間だ。
習慣で、カメラがある筈の方に目を遣る。
別にあの男が、四六時中モニタの前に座っていると考えている訳ではなかった。
けれどこれは、智秋から祈津への朝の挨拶の代わりだ。
相手が見ているのかいないのか、そんな事まではいちいち頓着していられない。
祈津も普通の人間なのだから、眠りもすれば風呂にも入る。
こんな時間だったら、台所で自分の朝食の準備でもしているかもしれない。
だからこれは、智秋の独り善がりな習慣でしかなかった。
智秋が目覚めた時に祈津が部屋にいた事はない。
恋人然とした態度を取らないのが、彼なりのルールなのだろう。
智秋はそれを好ましく思いながら、その一方では
― 朝までこのベッドの中にいてくれても良いのではないか ― とも思うのだ。
どんなに我侭を言っても、無理難題を押し付けても、祈津は嫌な顔ひとつ見せない。
それがあの男のスタイルで、見返りを求めない優しさだった。
だから智秋は、自分でも呆れるような傍若無人な態度に出て、
彼の限界値を推し量ろうとしてしまう。
腹が減り過ぎて、だんだん胃が痛くなって来た。
いい加減、自分も起きた方がいい。
もしもいま朝食をねだったら、祈津はどうするだろう?
たぶん黙って、一人分しか作っていない出来立ての食事を、
あっさり差し出すに決まっている。
そんな事を考えてしまう自分は、本当に厭な奴だ。
― 求めて拒絶された事がないと言うのは、
求めなければ与えられないと言う事の裏返しなのではないか? ―
不意に湧き上がって来た理不尽な思いに引き摺られ、
智秋はまた、ベッドに倒れ込んだ。
「酷い奴だ」と呟いてみても、
鼻は自分を甘やかす男の残り香を探していた。
2006.05.21