これが宙での出来事だったら、ティエリアは上手く逃げ遂せただろう。
しかし此処は地上で、無情な重力が彼から自由を奪った。
僕の膝頭がティエリアの腹にめり込む感触。
――やめて。
悲鳴を上げたのは、ティエリアではなくて僕だ。
「煩いんだよ! おまえは黙ってろ」
崩れ落ちた身体を蹴り上げる僕の足。
「見ろよ、これがおまえのティエリア・アーデだ」
ハレルヤに言われなくても、今の僕に目を逸らす術は無い。
助け起こして手当てをしなければと思うのに、僕の手は弱々しく抵抗を続ける彼に
更なる暴虐を加えようとしている。
――お願いだから、もうやめて。
殆ど力任せと言っていいやり方で彼の服を剥いでいた手に、鋭い痛みが走った。
それはティエリアに残された僅かな、しかし有効な反撃。
反射的に、噛み付かれた手を引く。
「おまえがハレルヤか。 今すぐに、アレルヤ・ハプティズムを返せ」
強い意志を持った真紅の眼が、僕たちを睨み上げている。
――ティエリア、僕はここにいる。 ティエリア!
「黙れ!」
僕の手はティエリアの小さな顔を何なく掴み、後頭部を床に叩きつけた。
ぐぅっ、と苦悶の声を漏らし、それきりティエリアは動きを止めた。
「やっと大人しくなったな」
自分の声をしたハレルヤの言葉が、遠く聞こえる。
ハレルヤが笑っている。
僕の大切な人を汚して見せる為だけに、僕と自分の心を踏み躙りながら笑い続けている。
どのくらい自失していたのか、僕はすぐ傍で身動ぎする気配に呼び戻された。
床に転がった傷だらけの人形が僕を見ている。
目が合うと、それは瞬いた。
「……ティエリ、ア?」
「やっと帰って来たか、アレルヤ・ハプティズム」
「……ぁ、 すぐに手当てを」
そうは言っても、余りの酷い有り様に、何処から手をつければ良いのか判らない。
「大丈夫だ。 このくらいで死んだりはしない」
唇の端の、乾いた血に触れる。
「ティエリア、ごめん。 ……僕は」
「謝るな」
「でも、 」
出来得る限り優しく、そっと、抱き起こす。
痛みに耐える彼の顔が霞んで見えた。
「泣くな」
そう言って僕の頬に伸ばされたティエリアの指が、小さな水滴を拭う。
「ティエリア」
「君がいま君自身であるなら、それでいい」
あれからずっと、ハレルヤは沈黙している。
可哀相なハレルヤ。
僕たちは、これまで上手くやって来た。
君には僕しかいないって知っているよ。
だから泣かないで、ハレルヤ。
これから先も、僕たちは共にある。
けどね、ハレルヤ――
2007.11.19