祈津は前を歩く智秋を追う。
智秋は、祈津が自分の後をついて来る事を知っている。
知っているからと言って、祈津の為に速度を速めたり緩めたりする訳ではない。
彼は自分の勝手なペースで好きなところへ行く。
智秋はひとりで綺麗なディスプレイの施された店をひやかし、
ひとりで画材店で買い物をし、ひとりで本屋を覗き、
空腹になればひとりで居心地の良い店の窓際で食事をする。
けれど、自分の後ろに祈津がいるのを常に意識している。
祈津も意識されているのを感じている。
だからこれは、普通使われる意味での尾行とは違う。
祈津がそれを気取られてならないのは、前を行く智秋ではなくて、周囲の無関係な人々の方だ。
しかし大抵の人間は、自分が興味を持つ人物以外はあまり見ていない。
また幸いにして、彼は人目を惹くような容姿でもなかった。
背丈は平均的な日本人男性のそれより高いけれど、度を越えて大きい訳ではない。
祈津を振り返る者などいない。
――智秋を除いては
公園まで来て、智秋が立ち止まった。
振り向いた表情は薄暮に溶けて読めないが、少しだけ傾けた首が祈津を呼んでいる事を表している。
祈津は足を速め、10秒の後には智秋の傍らに立った。
智秋が示した空に、星が二つ並んでいた。
2006.12.16