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きみのためにありふれた歌を歌おう

祈津の誕生日に――



 智秋は携帯を取り出し、溜め息をついた。
 ボタンを押すだけでいいのに。 それは本当に簡単な事なのに。

 久し振りに見た多摩川の河川敷は、強い日差しに炙られて人影もまばらだ。
 午前中。 そう、こんなに暑くなる前だったら、夏の長い休みを持て余した子供たちが、野球でもしていたかもしれない。 でもそのころ智秋は、夕方までの時間をどうやって潰すか決めていなかった。 いつものようにコーヒーを飲んで、何を考えるでもなくふらりと部屋を出ただけだ。
 初めからここへ来る気だったら、車を出させればもっと早く着いた筈だ。 けれど、そのつもりはなかったし、実際のところ草野球なんて興味がない。

 それに何より、あの男に運転しろと命令するのは嫌だった。


 俺は何がしたいんだろう? 祈津の手を煩わせたい訳ではないのだ。
 でも、こうしてまた意味もなく、炎天下を連れまわしている。


 メールの着信音に驚いて、智秋は手にしたままだった携帯に目を落とした。
――ひなたより  いま、パーティーの準備中です。  ともくん、ちゃんと言えた?  夕方5時に私の家に集合だよー (^^)
――智秋より  何か足らない物があったらまたメールして下さい。 途中で買って行きます。 では、また後で。
 ひなちゃんだったら、こうしてすぐにメッセージを送れるのに……

 トモクン、チャントイエタ?

 その言葉に押されるようにして、閉じた携帯をいま一度開く。
――誕生日おめでとう。と打って振り返り、土手の上に小さく見える祈津に目を凝らす。

 彼がポケットから携帯を取り出すのを確認すると、智秋はひなちゃんの家に着くまでは絶対に後ろを見ないと決め、再び歩き出した。



2008.08.01

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