夕闇を裂く閃光と雷鳴が、東京を震わせている
その間隔が狭くなって来たのを感じて、昴流は窓辺に立った
幼い頃は雷が恐しかった。
常に祖母の結界の中にあって、怯える必要なんて無かった筈なのに。
僕はあの音と光りから逃れるように、幾つもの棟を繋いだ渡り廊下を走り、
中奥にあった子供部屋に逃げ込む。
そうして灯りもつけずに暗い部屋の隅に蹲っていると、必ず北都ちゃんが来てくれた。
無意識の内に、僕はそれを期待していたのだろうか。
姉に「大丈夫よ」と、優しく肩を抱いて欲しかった?
そうだとしたら、自分は随分と嫌な子供だ。
安全な場所にいながら弱い振りをして、人の優しさを欲しがるなんて。
「昴流君?」
いつ帰って来たのか、星史郎がリビングの入り口に立っていた。
「お帰りなさい」
「電気も点けないでどうしました」
「雷を見ていたんです」
「雷?」
「ええ」
後から星史郎の腕が腰に巻付く。
「雷、好きなんですか?」
「さぁ… どうでしょう。 星史郎さんは?」
「別に。 興味ありませんから」
その言葉に少し笑うと、星史郎が怪訝な顔をした。
「いえ… 星史郎さんは、何になら興味を持つのかと思って」
「昴流君だけ」
耳朶を噛まれる。
「また、そんな」
「他に何があるんです?」
首筋を下りてくる唇の感触に、鼓動が早まる。
ひときわ大きく雷鳴が轟き、突き刺さるような稲妻が目の前を走った。
「落ちましたね」と言い掛けた時、シャツの中に手が偲び込んで来た。
「今のは近かった」
弄る指の熱さとは裏腹に、如何にも冷えた星史郎の声。
「興味、ないんでしょう?」と問えば
「ないですよ」と反される。
雨音が激しくなる。
「今、ここで?」
「昴流君がそうしたいなら」
「こんな窓際で…」
「何階だと思ってるんですか? それに、こんな日には鳥も飛んでない」
「そういう問題ではありません」
星史郎の腕から逃れ、部屋の明かりを灯す。
眩い光が部屋に満ちると同時に、外の風景が闇に沈んだ。
諦めたのか、星史郎は冷蔵庫からビールを持って来た。
プルタブを引く音が部屋に響き、星史郎の喉が美味そうに動くのをぼんやりと眺める。
「昴流くん、本当は雷が嫌いなんでしょう?」
目の前に差し出された缶を無言で断り、もう一度窓の外に目を遣る。
全ての穢れを洗い流すかのような激しい雨で、夜を迎えた街が煙って見えた。
「昔を思い出すから…」
「雷が恐かった?」
「僕は狡くて… 嫌な子供だったと思います」
クスリと笑われる。
窓には、僕に触れようと伸ばされて来る長い指が、映っていた。
「狡くない子供なんて、何処にもいません」
星史郎の声に振り返ると、いつもの笑顔がそこにある。
きっと、この人は僕みたいな事はしなかった。
誰よりも、美しい子供だったに違いない。
「星史郎さん。 僕は… あなたが、好きです」
「昴流君は大人になっても狡い」
星史郎の言いたい事がすぐには解らず、答えられずにいると深く口付けられた。
「判っていないから、余計に狡いんです」