職場の円滑な人間関係作りの為に、午後のティータイムは重要だとセシル・クルーミーは考えている。だからこそ、幾ら言っても片付かないブリーフィングデスクの上を平らにする為に、毎日毎日、山積みになっているファイルを除けて休憩の準備をする。
今もその辛抱強いセシルの手に拠って、本国から取り寄せた香り高い紅茶が煌めきを放ってカップに注がれた。それと同時に、彼女の背後でパチンという小気味よい音がした。次いで鳥の鳴くようなきゃらきゃらした声も上がる。彼女の上司、特別派遣嚮導技術部の責任者であるロイド・アスプルンドが、手にした紙を指先で弾いて喜びの声を発したのだ。
彼は優れた頭脳の持ち主だった。奇矯な言動は周囲との軋轢を生む危険を常にはらんでいたけれど、この逸材がいなければ、ブリタニアに新型ナイトメア‘Z-01’ランスロットはまだ無かっただろう。
「ねぇねぇ~ 美しいと思わなぁい?」
そう言って29歳の天才は床を蹴り、自分が座っているイスをクルクルと回転させた。青味掛かった白銀の髪が重力を断ち切り、遠心力でふわりと浮き上がる。
「正しいものは美しいよねぇ。 いや、逆かなぁ? 美しいものが正しい。 だから僕のランスロットも! そうだよね? セシル君」
ロイドは回転を止め、手にした紙をセシルに突き付けた。細かな数字がびっしりと印字されたそれは、つい先程セシルがプリントアウトした物だ。
彼が有頂天になるのも無理はなかった。ランスロットとそのデヴァイサーの枢木スザクのシンクロ率と言ったら、それはもう驚嘆に値する。セシルでさえ、この少年はランスロットに騎乗する為に生まれて来たのではないかと錯覚しそうになる事がある。
それが恐ろしくもあるのだけれど、口に出すのは憚られた。言葉にすれば、自分達が積み重ねて来た研究が、土台から崩れてしまうような気がする。
「うふふ…… この数字を見てると、僕はエクスタシーを感じるよ。 もぅ、最高にいい気持ち――」
調子に乗った上司の不適切な言葉を遮る為に、セシルはゆっくりと息を吸い込んだ。
「ロイドさん?」
「……ぁ、 うん。 ごめん」
セシルが怒った時の微笑みは、ロイドを叱られた子供みたいに萎れさせる。
しかし彼は時計を見遣ると、すぐに立ち直って笑顔に戻った。科学者の柔軟な脳は、切り替えの早さも子供並みだ。
「彼、もう来るよね?」
「スザク君ですか?」
「他に誰がいるのさ!? 僕の大事なランスロットだよ? 最高のパーツ以外は使えないに決まってるじゃない!」
「スザク君はあと少しで来る筈です」
彼女の答えに満足し、ロイドはやっとアフタヌーンティーに向き合った。
「美味しそうだねぇ このクリームも君が作ったの?」
細く長い指がセシルお手製のスコーンを取り上げ、ステンレスのバターナイフでクロテッドクリームをたっぷりと塗り付ける。
「君は料理も上手だね。 優秀な人間って言うのは、なんでもソツなくこなすものだ。 ……うん、うん、すっごく美味しいよ! これにブルーベリージャムを合わせたら、きっと素敵だ」
「ロイドさんは昔からベリーがお好きでしたね」
「そうそう、そうなんだよ~ 僕、ブルーベリーとかラズベリーとか大好きなんだけど、こっちに来てからあまり食べてなくってさぁ~ このエリア11では栽培してないのかなぁ?」
「今度、探してみましょうか?」
「頼んだよ」
手についたクリームを舐め、ロイドは頷いた。
「もう1個食べてもいい?」
皿にはまだ、スコーンが2つほど残っている。彼は、まるで母親の顔色を伺うかのように上目遣いでセシルを見上げた。
「それはスザク君の分です」
「うぅ~ん…… まぁ、エネルギー補給は大切だものねぇ 彼、まだ若いし」
意外にも素直に手を引っ込めると、ロイドはふにゃりとした独特の笑顔を見せた。そして大仰に手を振り回しながら立ち上がり、「みーなーさぁんっ! デヴァイサーが来たら、すぐにはーじーめーまーすーよぉ」と甲高い声を上げた。
それではスザク君がスコーンを食べる時間が無いではないかと思ったが、セシルは黙って皿の上に紙ナプキンを掛けた。
ロイドさんがご機嫌なのは良い事だ。何よりセシル自身が幸せな気持ちになれる。