どうして彼と?
ロックオンは焦燥に近いような居た堪れなさを感じ、脚の間を見下ろした。
ミッション前のストレス回避や直後の興奮を鎮める為の性欲処理など、マイスターの間では暗黙の行為になっている。それは現場に立ってみれば分かる事で、要するにセルフコントロールの中のひとつでしかない。
ロックオンは必要な時に適当な相手がいれば良し、いなければいないで自分で抜いて終わらせる。改めて聞いた事はないが、誰もが似たようなものだろうと思っていた。しかし自分でも無意識の内に、この男とだけは関係を持つ事は無いと思っていたようだ。
驚いた事に、ミッション直後にティエリアが誘って来た。それはお茶でも飲まないか、とでも言うくらいの気軽さだった。もっとも、彼にお茶を誘われた事はこれまで一度もなかったが……
現在、様々な事情が絡み合ってアレルヤがトレミーに残り、その代わりに地上嫌いのティエリアが降ろされてロックオンと共に待機している。慣れない重力下での生活と立て続けのミッション。それにも況して、親密な関係にあるアレルヤの失態。
流石のティエリアも、御し難い己を持て余したのかも知れなかった。
深く咥え込まれ、巧みな舌使いにロックオンの息が詰まった。イニシアティブは自分が取るつもりでいたのに、のっけからコレでは笑ってばかりもいられない。
アレルヤとは何度か寝たが、あいつはこんなやり方はしなかった。一体どこで憶えたというのか? くらくらするような快感が背筋を駆け上がって来て、碌でもない事ばかりが頭の中を巡っている。
こんなにイイのは女でも経験がなかった。とにかく、オーラルだけでこうも早くイかされては堪らないと思い、ロックオンはストップをかけた。
「っ―― ちょっ、まて」
「……なんだ」
顔を上げたティエリアの長い髪が内腿を撫でる。
「いや、その」
「ああ…… 挿れたいのか?」
彼は呟くように言い、あっさりと体を退いた。そして身の回りのものを入れているらしいバッグに手を伸ばし、中にあったチューブを投げて寄越した。
「これ…… 自分で持って歩いてんのか?」
「俺の体だ。 変な物を使われたくはないからな」
邪険な口振りだが、自分から出して来るくらいだから厭ではないのだろう。
「変な、って何だよ?」
「怪しい薬とか持ってそうだから」
白々と言う横っ面を張り倒す代わりに、ロックオンは中指を立てた。
「Fuck!」
相手の反応を見るのは最中の愉しみのひとつだ。
指の先で快楽の源を探り当て、柔らかく押し上げる。足を突っ張って逃げようとする体を抱き込んでキスをすると、今度は苦しそうに喘ぎながらもそれに応える。存外素直に反応する処が可愛らしい。
ロックオンは、いつも取り澄ましているティエリアの変貌振りを伺おうとして、ある事に気がついた。
「おまえさんの眼、面白いな」
前々から変わっていると思っていた赤い瞳は、先刻より一段深みを増している。
「ぇ…… あ、 これは…… 見るな」
「色が変わるぞ。 ほら、こうすると」
そう、快感を与えると、虹彩が金粉を刷いたように揺らめいて色を増す。
「んぁっ、 や、ぁ…… 見る、な。 血の色、だ」
ぎゅっと瞑った目尻に滲んだ涙が、赤くないのが不思議なくらいの鮮やかさだ。
それとももっと泣かせれば、こいつは血の涙を流すだろうか?
「……最低だっ」
目が覚めて、ティエリアは吐き捨てるように言った。
「おいおい、そりゃあないだろうよ。 散々泣いて善がったくせに」
「信じられない! 普通、クールダウンのセックスを三回もやるか? それも本気で、だ!」
ティエリアは、ふらつきながらもベッドを出て行こうとしている。ロックオンはその手を引いて顔を覗き込んだ。
あの眼は、元の昏い色味に沈んでいる。
「なっ…… 離せ!」
こうして少し腹を立てたくらいでは変わらないらしい。
「まぁ、確かに血の色なんだろうけど、ちょっと違う気もするなぁ」
「それは、アレルヤが……」
「アレルヤが?」
「……鳩の、血の色だと」
ティエリアは、厭わしそうに顔を背けた。
「そりゃあ、おまえ、褒め言葉だよ。 ピジョンブラッドは、最高級のルビーを例える時に使うんだ。 知らないのか?」
憮然とした表情のままではあるが、取り合えず彼が抗うのをやめたのでロックオンは先を続ける事にした。
「ルビーの赤い色って、どっちかって言うとピンクっぽい赤だろ。あれは傷の有る無しを別にすれば、色が薄いのは安物で、濃くなればなるほど良質だとされる。中でも希少性が高く最も高価なのがピジョンブラッド、濃紅のルビーだ」
ロックオンはティエリアが、どうしてこんな子供でも知っているような話を知らないのか不思議でならなかった。
彼はその言動から、高度な教育を受けて来たように見受けられる。しかし妙なところで常識を欠いていたり、生活していく上で当前の事柄を知らなかったりもする。それがどうにも腑に落ちない。
本当に宇宙で生まれ育ったのではないかとさえ思えて来る。
「とにかくさ、アレルヤはおまえさんの眼が綺麗だって言いたかったんだろうな。 だからそんな厭そうな顔すんなって」
ぎくしゃくと頷くティエリアは子供っぽく、むしろ外見相応と言って良いくらいだ。
「ま、俺達相性もそう悪くないようだし、またやろ……」
握手を求めて差し出した手は、敢え無くピシャリと叩かれた。
「断る。 おまえみたいな絶倫男の相手は二度としないっ!」
ティエリアは高らかに宣言したが、ロックオンは意に介さなかった。
「なぁに、俺が鍛えてやるよ」
2007.11.09