僕は、地上に生み出される以前にいた、あのヴェーダの内へと帰還した。
全てがデータに還元されても―― ほら、意識は消えていない。
不思議なものだね。
「リジェネ、笑ってないで出て来い」
ヴェーダが制御する母艦ソレスタルビーイング。
その中に、幼い日の僕等を育んだ温室があった。
「また、ここで勉強しよう。 あの頃みたいに」
『勉強? 今更なにを』
「こうして」
僕は存在しない体をイメージして、その爪先を泉に浸す。
「水の冷たさ…… ねぇ、暖かい風や花の香り、それに鳥の声。
砂糖菓子の甘味は覚えているかい?」
『全く敵わないなぁ。 僅かな間に、すっかり人間みたいになっちゃってさ』
「昔はこうして、遊んだり学んだりしたじゃないか」
『もう、そんなの忘れちゃったよ』
「君は相変わらず嘘つきだな」
脆い器を与えられた僕は、地球上に住まう人とその争いを見て来た。
人類の歴史は短くて、慈しむ人の心には果てがないのも知った。
かつてクルジスと呼ばれた土地に咲く花の色
神を称える子どもたちの歌声
あの人の墓を濡らす雨の雫―― に、触れた。
「君のこと…… 長い間、忘れていて悪かった」
『いいよ。 リボンズがした事だ、君のせいじゃない』
「ひとりにして、ごめん」
『……… 』
「待っててくれた?」
『…… 』
「リジェネ…… 」
『 』
「僕を残して眠ってしまう気かい?」
「……おやすみ、リジェネ・レジェッタ。
来るべき日まで、今度は僕が留守番だね」
時は無限にして一瞬の光だ。
直接触れる事は出来なくなってしまったけれど、人の手の暖かさ、優しい感触は今も僕の中に在る。
寂しくはないよ。
ただ涙が出ないだけ。
Illustration Ms.amie
2009.04.13