「黙ってないで、何か話せ」と言ったら、祈津が大きく溜息を付いた。
それに合わせるように、その胸の上にある俺の頭も軽く上下する。
「何か、と言われましても」
押し当てた耳に、直接響く声が心地良い。
「何でもいい。 おまえは俺の事を全て知っているのに、俺は何も知らないじゃないか」
はぁ… と間の抜けた、吐息とも付かないような返事にも、俺の躰はじわじわと熱を蓄え始めている。
それなのにこの男と来たら「それが私の仕事ですから」と、まるで色気の無い答えを寄越しただけだ。
いつだって詰らない返事しか返って来ないのに、そこのところが面白いと思えるのだから俺も随分とオメデタイ。
それでも肌を合わせたまま祈津の声を聞いていたくて、俺は半ば意地になって話の接ぎ穂を探し続けていた。
「そう言えば…… おまえに見合いの話があると聞いたけど」
「お断りしました」
間を置かずに返って来た答えに顔を上げる。
「なんで?」
「結婚をする気はありませんから」
「どうして? おまえはどちらかと言えば、女の方がイケる口だろう」
「………」
普段はあまり表情を動かす事も無いような男が、厭そうに眉を顰めるのは面白い。
「ほら、まだ警察にいた頃、森とか、森田とか、確かそんな名前の奴がいただろう?
おまえが休みだった時に来てさ、散々悪口言って帰ってった」
「守屋?」
「祈津は真面目ぶってるけど女誑しだって。 バイなの、バレてなかったんだな。
……な、女っていい?」
両手を突いて体を起こし、祈津の顔を真っ直ぐに見下ろす。
「おまえのセクシュアリティをどうこう言ってるんじゃない。素朴な疑問だよ。俺は女に欲情しないから」
本人を目の前にして口には出来ないけれど、俺は実際、祈津以外の人間に性的欲求を感じた事がない。
「他の人間の事は解りませんが」そう前置きをしながら、祈津は俺の背中に腕を廻した。
再び大きな胸に耳を押し付けてその声を聞く。
「私は相手次第です。 性別で左右される事はない」
「一番良かった男と、一番良かった女の違いは?」
「比べても意味はないでしょう」
「ふぅん、そう云うものかな……」
この俺も意味のないひとりに過ぎないのかと考えた瞬間、視野が反転して組み敷かれた。
「なっ、」
「それに、他人にとやかく言われる憶えもありません」
首筋を強く吸われ、脚を割られる。
既に勃ち上がり始めていたものに触れられると、羞恥と期待が綯交ぜになって襲って来た。
「智秋さん」と耳元で囁くように呼ばれると、自然と頷いてしまう。
祈津はこんなところまで、実に手際の良い男だ。
とろりとしたものがあわいに垂らされた。
長い指が侵入し、体の中を掻きまわす。
「…ゃ、」
無言の内に指が増え、更にオイルを注ぎ足されて身震いがした。
嬲る指がくちゅくちゅと音を立てて善い処を掠める。
瞬く度に涙が溢れ、耳に入った。
「力を抜いて下さい」
分ってはいるのに、いつも同じ事を言われてしまう。
初めての時に教えられたとおり、口からゆっくり息を吐いてはみるが、効果があるのはその瞬間だけだ。
最後にはどうしたって、息を詰めて堪えるしかなくなってしまう。
「言って下さい。 私がどうすればいいのか」
優しくキスされ、涙を舐め取られ、ただ首を振る。
抱き付いた手が祈津の背を滑り落ちそうになった時、皮膚の一部が微かに盛り上がって引き攣っている所に触れた。
指先でそのつるりとした部分を探ると、祈津が怪訝そうに愛撫する手を止めた。
「ん、 俺の、盾になった時の…… 瑕だね」
銃を持っている相手に背を向けるなんて、常軌を逸した行為だと思う。
しかし祈津がそうしなければ、俺は今、ここにいなかった筈だ。
「これはおまえの、勲章になる?」
指の腹でそこを慰撫していると、深く口づけられた。
「これには何の価値もありません」
「じゃあ…… なに?」
祈津の薄い唇が、ゆっくりと開いて俺の目を奪う。
「智秋さんに瑕がひとつもない事が、私の誇りです」
その言葉に満足して瑕痕に爪を立てる。
「どうして欲しいのか、言って下さい。 ……智秋さん?」
僅かに血の付いた指先を舐めると、この男の味がした。
「俺より先に、死ぬなよ」
2006.01.20